日本体育学会・体育方法専門分科会との連携事業案内

9月11日 9:00-9:50 早稲田大学 7-220 体育方法専門分科会 キーノートレクチャー
トレーニングにおける体力・技術の相補性

村木征人(筑波大学)

スポーツトレーニングにおける総ての基本的「手段」は運動であり,その基本的「方法」は種々のタイプの反復にある。これらの運動は,専門とするスポーツ競技の試合運動の基本的な運動形態・機能を基準に,より近縁関係にある「専門的運動」(試合的運動を含む)と,反対により遠縁関係にあり理論的にはあらゆる運動を含む「一般的運動」とに大別される。これらの運動はまた,それぞれに内在する多面的な側面とそれらの諸細目によって理論的に特徴づけられ,明示的(時には非明示的)なトレーニング課題や目的として扱われる。これらは技術(戦術を含む),体力,および心理面であり,更にそれぞれで諸細目に区別される。しかし,総ての運動自体は不可分な全体としてのみ現象し,これら多面的側面とそれらの諸細目は,観察者の意図と観察装置とに基づく一定の定量可能な範囲での相互作用による観察結果に過ぎない。それらは同一の対象である運動の二つの面の記述結果であり、対象とする運動を媒介として相互に変換可能なものでなければならない。
本論では,スポーツ方法学の中心課題でありながら,一面的・断片的に扱われる傾向にある体力および技術課題について,不可分な全体としての運動の相対性および相補性原理の観点から再考し,実践面での相互に変換可能な条件として、運動の一般性・専門性の相互関係、および最大下負荷でのトレーニング意義について話題を提供したい。

9月11日 10:00-12:00 早稲田大学 15号館隣接体育館

体育方法専門分科会 ワークショップ
コオーディネーション・トレーニングの「オ」の意味とは?

                 司会  葛西 順一(早稲田大学)長谷川 聖修(筑波大学)

 前回は、コーディネーショントレーニングが体力の量的側面と技術の質的側面をどう補い合うのかについてその果たすべき役割を探った。個別のスポーツ種目からボールゲームとしての特殊性と共通性について、ワークショップ形式で情報交換を試みた。つまり、「相補性」の観点からすると、個別から普遍へ、特殊から一般へという帰納的な営みであった。
そこで、今回は、タイトルに「オ」を加え、コオーディネーション・トレーニングとした。この一文字の意味するところは深いと推察される。具体的には、その捉える方向を演繹的な方向から捉えなおしてみたいと考えた。つまり、人間の基本的な動きから「巧みさ」を探り、これが個々の体育やスポーツの実践場面でどう応用されるのかを「からだ・動き・言葉」を通じて参加者と共に探りたいと思う。
コオーディネーショントレーニングの第一人者としてご活躍の荒木秀夫先生(徳島大学)にその理論と実践の統一という問題を提示いただく。また、筆者は「遊び」と「トレーニング」を繫げた「play(trai)ning」という考え方を提案し、オの意味するところを探ってみたい。ひとりでも多くの参加者がネクタイを外して参加されることを願っている。

遊び+トレーニング= プレーニング

長谷川 聖修(筑波大学)

 人が乗ることのできる大きなボール。様々な名称を持つが、ここではGボールと呼ぶ。Gボールは1960年代にスイスの医師によりリハビリテーションの用具として開発され、今やスポーツトレーニングの用具として広く普及してきた。多くの場合、バランス感覚を養ったり、体幹筋を鍛えるといった目的で使用されている。つまり、「何かのために」という意識を持って行われるのが一般的である。しかしながら、10年ほど前にGボールが大好きな小学3年生の少女と出会ってから、考え方が変わった。彼女は、日常生活の座る場面で椅子の替わりにずっとGボールに乗っていた。すると、様々な姿勢で乗ったまま、自由に弾みながら移動することができるようになった。まるでトランポリンで跳ねるように空中浮遊するのであった。Gボールに乗って、弾んで、転がすことそのものに不思議な心地よさや楽しさを感じて、これが日常的に繰り返されていく。自然発生的に彼女が生み出した「遊び」である。この用具には「日常性」と「遊技性」というふたつの特性があると思う。そこで、Gボールの特性を起点として、「巧みに身体を動かす喜びを感じる営み」と「本来有していたトレーニングとしての効果」を組み合わせた「play(trai)ning」という言葉をイメージしてみた。Gボール遊びを通じて、コオーディネーションのオに潜む意味について、参加されたみなさんと「からだ」で考えてみたい。
「コーディネーション」から「コ・オーディネーション」へ
―コオーディネーショントレーニングの実践論―

                      荒木秀夫(徳島大学)

スポーツ科学の発達はスポーツの競技力向上に大きく貢献してきた.この1世紀の間にスポーツパフォーマンスの伸びは驚くべきものがある.しかし筋力や持久力などは人間が生物である限りその発達には限界があり,トレーニングの上でもリスクが次第に増大していく.筋力や持久力を高めることに限界を感じたら,何を目指すことになるのか.ここにスポーツの本来の原点である「巧緻性に満ちた動き」に目を向ける.技術,技能,巧緻性,スキル,巧みさ・・これらの用語に象徴される身体能力は,本来,人類が霊長類の中からさらに一歩進んで獲得した能力である.すなわちスポーツにおけるトレーニングは,人間本来の運動に焦点を向け始めたといえるだろう.こうして「力」を巧緻性によって発揮することを覚えた.しかしスポーツ科学が本格的に普及し始めた半世紀のはるか前に「巧緻性に満ちた動き」を,人類は叡知として獲得してきたことを見逃すことはできない.コ(オ)ーディネーショントレーニングは獲得された経験則に,科学則を統合させるという視点を持って発展してきた.その方向性は,一般的,抽象的な概念としての「コーディネーション」から,理論・実践の統一概念としての「コオーディネーション」という方向へと進むと考えられる.「オ」という表記の有無を,単なる表現の問題としてではなく理論と実践の統一という問題として捉えながらワークショップでは議論を深めたいと考えている.

カテゴリー: 最新情報 — ’2008年9月01日’